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京都地方裁判所 昭和33年(む)18号 判決

被疑者 荒川鹿次郎 外二名

決  定

(被疑者・弁護人氏名)(略)

右身体拘束中の被疑者と弁護人との接見に付て、検察官がした処分に対する不服申立事件に付、左の通り決定する。

主文

本件請求はいずれも之を棄却する。

理由

右弁護人請求の要旨は、右各被疑者は贈賄被疑事件に付て昭和三十三年二月十二日逮捕に引続き京都拘置所に勾留せられ以来京都地方検察庁検察官(以下単に検察官という)の取調を受けているものであるが、検察官は右被疑者と弁護人又は弁護人となろうとする者との接見に付刑事訴訟法第三十九条第三項により指定書を以て日時場所等を指定する旨を宣明しながら僅かに弁護届に署名を求めるために付てのみの接見の指定をしたに止り爾後弁護人の請求にも拘らずこの指定を拒否し言を左右にして未だに一回もその指定をせず一方身柄を収容している監獄の長である京都拘置所長に対しては検察官が発布した指定書を呈示しない弁護人との接見等をさせてはならない旨の指示をしているのであつて拘置所は右の指示を理由に弁護人の接見を拒否し被疑者との交通は全く阻止せられている実情にある。然し右の規定によつて検察官の行う接見等の指定は本来弁護人が随時に請求し得る接見の時刻、時間、場所に付て検察官の捜査の必要との調整を図るに付検察官に主導権を与えているだけであつて弁護人が請求したその日の接見を拒否し後日に延期し得べきものではないのであるから検察官が具体的な指定を行わない限り監獄の長である拘置所長は弁護人との接見を拒否し得ない筈であるが検察官の右の指示に従はざるを得ない立場にあるようである。かくて検察官は一方拘置所長に対し右のような概括的且抽象的な指示を与え他方弁護人に対しては接見等の指定をしないために右交通不能の事態を生じているのであつてがような措置は指定の趣旨を曲解し与えられた権限を濫用し弁護権の行使を妨げ防禦の準備をする権利を不当に制限するものといはなければならない。よつて検察官は右各被疑者と弁護人との接見に付刑事訴訟法第三十九条第三項による指定をしていないに拘らず京都拘置所長に対し検察官の発した指定書を呈示しない弁護人に接見させてはならない旨の指示をしてはならないし又検察官が既に発した同拘置所長に対する同趣旨の指示を取消す旨並に右指定拒否の処分を変更し被疑者等が拘束を受けている期間毎日午前九時から十時までの間適宜の時間右各被疑者がそれぞれ抑留されている場所に於て弁護人等をして各別又は共同で各被疑者と接見させる旨の決定を求めるというのであつて申立書添付の書類及び当裁判所の事実を取調べた結果によると本件各被疑者が弁護人主張のような経過により身柄を拘束せられ贈賄の嫌疑によつて京都地方検察庁で検察官の捜査を受けていること右捜査に付ては検察官に於て必要上弁護人との接見等に付てその日時場所等を指定することにしたが各弁護人に対し弁護人となるための接見に付てだけその指定をした以外弁護人の請求にも拘らず未だその時期にあらずとしてその後は一回も指定をしないままに一方身柄を収容している京都拘置所に対し同年同月十五日附を以て検察官から右各被疑者と弁護人との接見はその日時、場所及び時間を別に発すべき指定書の通り指定する旨の書面が発せられて居り拘置所としては之に基いて弁護人の接見に付右書面にある指定書の呈示を要求し接見を拒否していることが認められる。

思うに当事者主義の訴訟構造下での弁護人制度の重要性に付ては茲に改めて強調する必要はないであろう。身体の拘束を受けた被告人、被疑者は弁護人と立会人なくして接見することができるのであつてこの交通権は弁護人制度そのものと特に密接な関係にあり之等の者にこそ弁護人による防禦能力の補充が特に必要とせられるのであり自由な交通によつて防禦を準備する機会が与えられなければならないからである。然しこの事も起訴前の被疑者に付ては検察官、検察事務官、司法警察職員は捜査のため必要があるときは公訴の提起前に限り接見又は書類若くは物の授受に関しその日時、場所及び時間を指定することができる(刑訴法第三九条三項本文)とされかなりの制限を受けている。即ち捜査の目的を達するための必要と対立する防禦準備のため必要な交通権を之によつて調和しようとするのであつて右の指定は固より防禦の準備をする権利を不当に制限するようなものであつてはならないとされる。(前同条同項但書)そして右の検察官等の処分に不服のある場合は裁判所にその処分の取消又は変更を請求することができるとして救済の途を開いたのであつて(同法第四三〇条)本件は右の規定により救済を求めるものであるが茲に不服を申立てるがためには前示指定に付ての処分即ち当不当の判断の対象なる積極的な処分の為されたことが前提となることは法の規定から明かな所である。本件に付先ず処分の変更を求める部分を見るに弁護人の主張自体からするも検察官は指定書を以て指定する旨宣明しながら弁護人の請求に拘らず指定しないというのであり事実取調の結果によつても未だその段階に達しないとして指定のなされていないこと前示の通りであるから右の意味に於ての変更の対象となる処分がないものと言はなければならない。弁護人は前示指定の拒否を以て一の処分と見るようであるが遽に賛成し難い。

次に拘置所長に対する指示の禁止及び取消を求める点に付て考えるにその請求前段の接見させてはならない旨の指示をしてはならないとする部分はこれ亦前示処分を前提とせず唯単に将来の指示を禁止せよというのであるから右同様の理由により失当を免れないが後段請求の前示拘置所に対する指示の取消を求める部分に付ては若干問題の余地なしとしない。検察官から拘置所に発した書面、弁護人の所謂指示の内容は前示の通りであつて弁護人主張のように指定書を所持しない弁護人に接見させてはならない旨の記載はないがその内容から反射的に同一の結果を招き拘置所としてこのような書面を受けた以上指定書を呈示しない弁護人の接見を拒否するに至るのは寧ろ当然のことであろう。かような書面の法上の性格乃至はその発せられる根拠は詳かでないがいずれは検察庁内部の訓令か何かによるものと思はれる。この点はとも角として右のような書面の発せられる以上それはその書面に所謂「別に発すべき指定書」と同時に発せられて初めて意味を持つものであるべく又かくあるべきものであるが茲に所謂捜査の必要とは必ずしも直接被疑者を取調べるための必要だけではないであろう。このように考えるとこのような書面を拘置所に発する以上常に必ず弁護人主張のように之と同時に所謂具体的な指定を必要とするものとも言えないことになる訳である。所謂捜査上の必要と自由交通権は茲に鋭く対立し困難な問題を生ずるに至るのであるが以上解釈の如何にもあれ拘置所に発せられた右のような書面―弁護人の所謂指示―はその一面の作用として指定書を呈示しない弁護人の接見を不可能にするのであるが結局それ自体は拘置所に対する一の通告の意味を持つに止り法に所謂処分―接見等の指定―に当らないものであつて茲に取消の対象とならないものと言はざるを得ない。唯右のような考え方に従うと本件のように一方で交通停止の結果を生じながら所謂具体的な指定のない間はどうともし難いということになり一見不当のようではあるがそれはあくまでも本件による不服の対象にはならないということであつてその程度如何により或は防禦権の不当の制限等の問題として批判の余地を残すであろう。

以上弁護人の本件請求は結局いずれもその前提となるべき処分を欠き理由のないものとして棄却せざるを得ないものとして主文の通り決定する。

(裁判官 岡田退一)

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